周囲に日、月、火、水、木、金、土の7つの星を勧請し、この各星に大島、江端、下荒井、引目、中荒井、杉谷、今市の7町をなぞらえている。
 中央は鏡の中に「清明」を配し、日々我が身を反省し、天の恵みと地域住民の団結と協力の中で、長寿息災、校運発展を願う姿を表している。

学校紹介                 


児童の在籍状況                     平成30年5月2日 現在

学年 1年 2年 3年 4年 5年 6年 清明 合計
性別
児童数 49 29 45 38 42 34 50 42 43 30 45 37 5 3 279 213
学年計 78 83 76 92 73 82 8 492



校章          










教育目標

「人間性豊かな 心身ともに健康な児童の育成」


めざす児童像

○礼儀正しく、心豊かな子
○進んで学び、がんばる子
○体をきたえ、たくましい子



校訓

礼 節  礼儀正しく 心豊かな子

自 修  進んで学び がんばる子

剛 健  体をきたえ たくましい子



校歌

制定日:昭和57年12月4日
作詞:清明小学校(校歌制定委員会)
作曲:清明小学校(校歌制定委員会)

1
あさむつ川に 風わたる
光明るく さす庭に
高き望み かかげつつ
学びの道に はげみゆく

2
文殊の山に 雲ながる
広がる大地 ゆめをよぶ
集いてわれら たくましく
心とからだ きたえゆく

3
日に新しき 清明に
のびる若木 かぎりなし
つらぬくまこと ひとすじに
礼と節とを おさめゆく


歌詞の由来(込められた願いなど)

清明校下のうるわしい自然環境と、ここに学ぶ児童の真の幸せと限りない発展を願っている。



清明小学校の誕生              

 昭和50年代、福井市市街地周辺は住宅が急増し、人口と共に子どもの数は増加していました。
 特に福井市南部の児童数増加は著しく、昭和55年には木田小学校で児童数1300名・35学級、麻生津小学校で児童数1000名・26学級に達するなど、小学校のマンモス校化が進んでいきました。さらに児童数増加が続くであろうと予想される中、数十年前から続く「地元に学校を!」という地域住民の熱い想いが福井市を動かしました。昭和55年3月、市議会にて悲願である新設校設置の承認を得たのです。
 校舎については将来の地域発展を十分に考慮し、当時では最新鋭設備をもったものを計画、21学級を収容できる規模で同年9月に着工となりました。
 昭和56年9月には市議会において地元の嘆願である「福井市清明小学校」と命名登録され、校区については通学区審査会が慎重に議論した結果、同年10月に現行の通学区域が決定しました。
 こうして昭和57年4月1日、福井市44番目の小学校として「清明小学校」が誕生したのです。

 


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