名所コーナー
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| 桜の馬場 | ![]() |
荒川の堤防沿いに作られた桜の馬場は,福井藩の武士が馬術の練習をする場所であった。 当時の馬場には,桜の木も多く植えられ春には見事な花を咲かせていたので「桜の馬場」と呼ばれていた。 |
| 白髭神社 | 桓武天皇の時代(1200年前)坂上苅田麿が,当国主であった時,深く崇敬して再建された。祭神は猿田彦大神である。 七夜おどりは200年以上もの昔から当社境内で踊られて来た「やっしき踊り」で毎年8月17日夜から7夜踊られる素朴な盆踊りである。 |
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| 火産霊神社 | 通称「秋葉さん」と呼ばれ親しまれている。福井藩祖松平秀康公が下総国結城(茨城県)に在城の頃,防災の神と崇めていた遠州(静岡県)秋葉神社の御分霊を(1601年)北の庄(福井)に移した。 福井県無形文化財に指定されている「馬鹿ばやし」が,地区の人々の手によって受け継がれている。 |
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| 北向観音 | ![]() |
慶長6年(1601年)の頃,勝見村にすむ庄屋前田文助らにより一堂が建立された。 北向観音のいわれは,文助が足羽川で魚をとっていた時何度あみを打っても木像がかかってきたので家に持ち帰り安置し,正面に安置していた像がいつとはなく北面に向き変わっていたのでその名がついた。 |
| 新正義堂 |
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正義堂のゆかりの地である旭小学校に新正義堂として平成14年5月11日によみがえった。 正義堂は福井藩の学問所で,約180年前の文政2年,福井城下の米商人・内藤喜右ヱ門(ないとうきうえもん)の献金300両 (現在の約2100万円)によって,城下東部の桜の馬場に設立されたものである。この学問所では,庶民も藩士といっしょに学ぶことができ,多くの偉人を育てた。まさに福井市の学問の始まりの地であったといえる。 |
| 気象台 | 明治29年福井県議会の議決により同年2月福井市日の出町26番地で工事を開始した。明治30年1月から県営福井測候所として気象観測業務を開始した。昭和14年11月国営(文部省)に移管され福井測候所と改称。昭和18年11月には文部省から運輸通信省に移管。さらに昭和32年9月に福井地方気象台と改称された。昭和20年7月戦火に遭いの豊島2丁目に移転して現在に至っている。地方気象や地震のほか,いろいろな観測を行っている。 |
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| 荒川水門 | ![]() |
昭和20,30年代には梅雨時期になると足羽川の水量が増え,荒川に逆流し,あふれた水が堤防を越え田,畑に冠水し街中の住宅地にも流れ込み被害をもたらした。そのため足羽川の増水時に荒川への逆流を防ぐための水門が必要となり,明治43年荒川と足羽川の合流点に水門が設置された。この水門の完成によって,足羽川の水の逆流は防げるようになったが水門周辺の家屋の浸水の被害が絶えず,昭和31年にコンクリート製の強固なものに改修,同時に足羽川に排水するための排水ポンプが設置された。このポンプ場設置とコンクリートブロックによる護岸工事および川床浸せつ工事によって荒川周辺の水害は解消された。 |